話がつうじないアスペルガーの夫の心を動かしたカサンドラ症候群の私の体験【前編】

ブラック旦那

こんにちは、W子です。

私は、小学生の双子の男の子の母です。

夫はサラリーマンをしております。

 

ずっとわかりあえず苦しんでいた私たち夫婦が、小さなきっかけからわかりあうことができました。

 

私の経験が、悩んでいる方のお役に少しでもたてたら幸いです。

私はカサンドラ症候群です

私は数年前に「カサンドラ症候群」ではないかということをお医者さんに言われました。

カサンドラ症候群とは、アスペルガー症候群の夫または妻(あるいはパートナー)と情緒的な相互関係が築けないために配偶者やパートナーに生じる、身体的・精神的症状を表す言葉である。アスペルガー症候群の伴侶を持った配偶者は、コミュニケーションがうまくいかず、わかってもらえないことから自信を失ってしまう。また、世間的には問題なく見えるアスペルガーの伴侶への不満を口にしても、人々から信じてもらえない。その葛藤から精神的、身体的苦痛が生じるという仮説である。現在のDSM(精神障害の診断と統計マニュアル)その他には認められていない概念である。また、カサンドラ症候群の場合、夫婦間においてどちらか一方が悪く、どちらが正しいか、という問題ではないことに留意すべき必要がある。

症状としては偏頭痛、体重の増加または減少、自己評価の低下、パニック障害、抑うつ、無気力などがある。

夫との情緒的交流がうまくいかない妻は、何が何だか理由はわからないけれど苦しい、周囲は苦しんでいることを理解してくれないという二重の苦しみの状態にある。本人が問題の本質がわからないこと、周囲が問題の存在さえ理解してくれないこと、この二つの要素が現在のカサンドラを巡る問題の本質になっている。

ー引用 Wikipedia

W子さんの生い立ち

私の父も祖父も、子煩悩で家事もよくする人でした。

 

2人とも料理が得意で、祖父は掃除も得意でした。

 

つまり、男の人も「子育てや家事をするのは当たり前」の家庭で育ちました。

 

妻

今思えば、逆に珍しい家庭でした。

 

夫が子育て雑誌を読んでくれないことから諦めがはじまった

私が双子を妊娠したときのことです。

 

妻

あなたにも、父親としての準備をして欲しいからこれ(育児雑誌)を読んでね

 

私がそういうと夫は、育児雑誌を漫画のようにペラペラとめくって「うん、わかった」と言い、

その後一度もその雑誌を開くことはありませんでした。

 

その後も、あの手この手で父親としての自覚をもってもらおうとアピールするものの

「俺仕事忙しいからちょっと休みたい。後で読んどくから。」とゲームをしていた姿をみて

 

妻

もうあきらめるしかない!

と、思い始めました。

 

この時から、「もうこの人には何をいってもしょうがない」と決めつけていたのかもしれません。

双子育児中にいわれた言葉

双子育児は想像以上に大変でした。

ワンオペで2人を育て、睡眠も休息もとれない私に対して夫はこう言いました。

 

「俺はどうでもいいのか。仕事だけして金だけ稼いでくればいいのか」

 

私は、絶句しました。

 

「子供見てるから少し休んだら?」
「何か手伝おうか?」
「今日は俺が買い物に行ってご飯作るよ」
「掃除やっとくね」

 

私は、こんな言葉を期待していたのだと思います。

 

元々、雰囲気や空気を読むことがあまりできない人だとは思っていましたが、ここまで酷いとは、その時初めて気が付きました。

義両親に相談してみた

私の家族が遠くに住んでいたため、義父母に夫のことを相談をしてみました。

 

すると、

お父さんがね、男の仕事は大変なんだから。そんなのはね…って

ごめんね、私も何もしてやれないから。私達は子育て終わってるし、お父さんがそういう以上はね。孫には責任持てないから」

という返事が返ってきました。

 

私は「誰も助けてくれないんだな」と思いました。

夫と分かり合うことを完全に諦めてから体が衰弱していった

夫と分かり合うことを諦め、双子をひとりで必死に育てていた私は、一生治らない病気(免疫疾患)を患ってしまいました。

心身共にストレスMAXな日々を何年も続けていたらこうなるんだなと嘆くしかありませんでした。

 

もう、夫に助けてもらおうという気持ちは全くなくなりました。

 

「とにかく子供だけはちゃんと育てないといけない」という気持ちで、今の状況を耐え忍び、時々実家に逃げるという生活をしてきました。

夫が求めてくるもの

夫には「自分の世話も子どもと同じようにしろ」と言われ続けてきました。

 

夫を快く気遣ってあげないと「俺は虐待を受けている子どもと一緒だ」と言い出します。

 

私が難病を患って体調が悪いときでさえ、家事育児をやってくれることは何一つありませんでした。

 

お医者さんには入院したほうがいいと言われたこともありましたが、「子どもを置いて入院なんてできない。子どもが死んでしまう」と思って、毎日家で耐えていました。

 

 

私の気持ちが理解できないというよりも「共感がない」という感じで、問題の共有ができず話になりません。

私の言うことは全否定され、私が自己中だと責め立ててきます。

 

もう悲しみを通り越して、抜け殻みたいになっていました。

 

夫に腹を立て、冷たい言葉や態度になることも多くなっていきました。

 

とにかく、「子どものため」と思って頑張って生きてきました。

 

カウンセラーの方に夫のことを相談しましたが、「治療は難しいレベル」と言われました。

 

夫婦でカウンセリングを受けることを、打診したことがありましたが「俺の居場所は家だけじゃないし、俺自身が困っているわけじゃない」と治療をすることは拒否されました。

こどもが生まれる前の8年間は問題を感じなかった

結婚してから9年たちますが、その前に6年間同棲をしていました。

 

子供がうまれるまで2人でいた、計8年間は普通のカップルの喧嘩みたいなことはよくありましたが、そこまで問題を感じることはありませんでした。

 

子供がいなかった時は、夫の気に入るように私自身が振舞うことができていました。

 

しかし、子供が生まれたことによって、夫の思うようなことはできるゆとりは全くありませんでした。

夫は、私が全く夫を気遣えない状態にかなり腹を立てていました。

 

「俺の世話をするのは当たり前」

「俺はATMじゃない」

 

といつも言われていました。

自分に価値がない、自分にできることはないと思っていた

私自身がこんな状況であるにもかかわらず、夫にはここ数年「働け、タダ飯食いが」と言われていました。

 

若い頃はスポーツが好きで、体力と根性はあるつもりでしたが、全てなくなっていました。

 

夫には「お前が変われ、おかしいのはお前だ、バカだ、視野が狭い、頭がかたい」と罵られ続けていたので、自分でもどうしたらいいのかわからなくなっていました。

ツイッターやサロンでいろんな人の価値観に触れた

こんな状況を少し変えたいと私も思っていたのだと思います。

 

母たちが集まるオンラインサロンに入り、自分の状況を聞いてもらったり、ツイッターでいろんな人の価値観に触れるにつれて、今まで耐えるだけの生活から少し抜け出せるようになりました。

 

「自分はどうしたいのか」

「自分はどう思っているのか」

 

が少しずつわかるようになってきました。

 

後半に続きます。